見る・楽しむ

国宝 松本城

四季の松本城

文禄(1593~1594)年間に建てられた五重六階の天守としては日本最古です。幾たびかの存続の危機を、市民の情熱により乗り越え、四百余年の風雪に耐え、戦国時代そのままの天守が保存されています。

明治の大改修後の昭和11年、国宝に指定されました(昭和27年再指定)。別名深志城とも呼ばれています。姫路城、彦根城、犬山城とともに四つの国宝城郭のひとつです。

周辺は松本城公園として整備されており、北アルプスを抱いた威風堂々とした姿と、季節ごとに見せるさまざまな表情が美しく、松本のシンボルとして多くの方に親しまれています。
天守閣(本丸庭園)の観覧は有料です。

【松本城の天守観覧時間等】
 ・観覧時間
  午前8時30分から午後5時まで
  ただし、入場できるのは午後4時30分まで
  ※GWおよび夏期は時間延長あり 
  
 ・定休日 12月29日から1月3日

【観覧料】

 ・個人の場合
  大人 610円、小中学生 300円
 ・20人以上99人まで
  大人 550円、小中学生 270円
 ・100人以上299人まで
  大人 480円、小中学生 240円
 ・300人以上
  大人 420円、小中学生 210円
 (松本市立博物館との共通券となります)

【松本城へのアクセス】
 ◇自動車の場合
  長野道松本ICから、国道158号を松本市街地へ向かい約3km
  <市営駐車場>
   普通車
    市営松本城大手門駐車場 30分毎150円
    市営開智駐車場 1時間200円以降30分毎100円
   観光バス等大型車 
    市営松本城大手門駐車場 30分毎250円
    市営開智バス専用臨時駐車場 1時間500円以降30分250円
 ◇JR松本駅から
  徒歩 約15分
  バス タウンスニーカー北コース(料金200円)
    「松本城・市役所前」下車

松本城周辺の地図はこちら

【その他】
松本城へのペット同伴は、有料区間(入場券券売所~本丸庭園・天守)はお断りしています。
史跡整備のため、松本城埋門(うずみもん)入口(赤い橋側)石垣部分の改修工事を実施しております。 ※平成26年度まで工事実施の予定です。

【イベント】
松本城では四季を通じて、さまざまなイベントが開催されています。
松本市公式ホームページの松本城イベント情報(別ウィンドウ表示)をご覧ください。

【関連ブログ】
松本城氷彫フェスティバルの様子もごらんください。
古式砲術演武の様子もどうぞ。
月見の宴もどうぞ。

現存する日本最古の城、400年の時を刻む

①創始

松本城は、戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりです。世の中が乱れてくると、信濃府中といわれた松本平中心の井川に館を構えていた信濃の守護・小笠原氏は館を東山麓の林に移します。その家臣らは林城を取り囲むように、支城を構え守りを固めました。深志城もこの頃、林城の前面を固めるために造られました。
その後、甲斐の武田信玄が小笠原長時を追い、この地を占領し信濃支配の拠点としました。その後、天正10年(1582)に小笠原貞慶が、本能寺の変による動乱の虚に乗じて深志城を回復し、名を松本城と改めたのです。

②天守の築造

豊臣秀吉は、天正18年(1590)に小田原城に北条氏直を下し天下を統一すると、徳川家康を関東に移封しました。このとき松本城主小笠原秀政が家康に従い下総へ移ると、石川数正・康長父子が代わって入り、城と城下町の整備を進め、近世城郭としての松本城の基礎を固めました。
天守の築造年代は文禄2年から3年(1593~4)と考えられています。

③なぜ黒い?

石川氏は豊臣秀吉の信頼の厚い武将でした。秀吉の大坂城は黒で統一されていました。松本城が黒いのは、石川氏の秀吉への忠誠のしるしと思われます。また、松本城は戦国末期、鉄砲戦を想定した戦うための漆黒の天守の典型として、現存する唯一の城です。ちなみに関ヶ原の戦い以降は、姫路城など白亜の天守が築造されました。
松本城 天守の図

④連結複合式天守

天守のうち、大天守・渡櫓・乾小天守のまとまりを連結式天守と呼び、戦いの多い時代に造られたため、石落しや狭間が多く、窓は少なく、守りやすくなっています。
大天守・辰巳附櫓・月見櫓のまとまりは複合式天守と呼び、平和な時代になってできたため、戦うための備えがありません。二つの形式を合わせ連結複合式と呼ばれます。

武田深志攻めの図

⑤武田信玄の深志攻め

天文17年(1548)小笠原長時は武田信玄と塩尻峠で戦い、敗れました。信玄は、天文19年(1550)深志(松本)に攻め込みました。武田軍の勢いに小笠原方の兵は戦力を喪失し武田方に従いました。
小笠原長時は林城を脱出し、信濃国北部の有力な武将・村上義清を頼り松本を去ったのです。

⑥戦国時代の初めの頃

松本が深志と呼ばれていた頃で、信濃の守護・小笠原氏が治めていました。戦国時代の初めの頃に、井川の館(井川城)を林(里山辺)へ移し、その背後に山城を造りました。「林城」です。
この林城を中心にして小笠原氏の一族や家臣が守る城が、各地に造られていました。今の松本城は、深志城の場所です。「深志城」は、島立氏が造り守っていました。
出城

⑦武田信玄の深志城築城

信玄は、松本平を治める城として深志城を選びました。信玄がどのように深志城を造り変えたかの記録はありませんが、江戸時代の松本城の出入り口(馬出)に、その名残があります。
国宝・松本城 ~ 歴代の藩主


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 松本城管理事務所
 〒390-0873 松本市丸の内4-1
 電話:0263-32-2902 FAX:0263-32-2904 


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