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2006年1月19日(木曜日)

市街地 湧き水巡り

【写真】湧き水巡り北から女鳥羽(めとば)川、南から田川(たがわ)、東から薄(すすき)川、西から奈良井(ならい)川と松本市内を縦横流れるこれらの川は、かつて城を守る堀として活用され、船による物資の輸送にも利用されました。四方の山から流れ出す水量豊かな川が、みずみずしい景色をつくりだし、町のあちこちに見られる湧き水が、水都・松本の名所になっています。

【写真】源智の井戸源智(げんち)の井戸
 天保14年(1843)に刊行された「善光寺道名所図会」によると、町の酒造業者はことごとくこの水を使い、歴代の領主は制札を出してこの清水を保護したといいます。
 享保年間(1716〜36)に源地を水源に中町、本町に引水するようになっても、この井戸だけは引水を許さなかったそうです明治 13年(1880)の明治天皇松本巡幸の際は、この水が御膳水として使用されました。正に「当国第一の名水」です。


源智の井戸の地図はこちら

【写真】伊織霊水(いおりれいすい)伊織霊水(いおりれいすい)
貞享3年(1686)重税に反対した農民一揆「嘉助騒動」に関わった農民たちの助命・救済に奔走した武士、鈴木伊織が眠る墓の入り口に湧いています。百円周遊バス「タウンスニーカー」の停留所名にもなっています。

【写真】鯛萬(たいまん)の井戸鯛萬(たいまん)の井戸
お城の東、裏町にある湧水。当地区は商人町であると同時に職人町として物販、飲食、娯楽の中心として発展してきました。鯛萬の井戸はかって割烹料亭「鯛萬」があったことから呼ばれるようになり、平成15年に小公園として整備しました。

こちらもご覧ください。

【写真】槻井泉(つきいずみ)神社湧泉槻井泉(つきいずみ)神社湧泉
古来からこんこんと湧き出ており「清水」の地名もこれに由来します。 江戸時代にはこの水によって染色や製糸の産業も行なわれ、この地のシンボルになっていた泉です。背後には、ケヤキの大木をご神木に抱く槻井泉神社があります。

【写真】北門大井戸北門大井戸
新町のバス停を下った公園の中、旧大柳町の北端の惣堀を埋め立てた中に位置しています。このあたりは城内でも泉が多く、柳の木があったので柳町の地名になったといわれており、多くの井戸は城下の人々の生活を潤していました。

こちらもご覧ください。

【写真】女鳥羽(めとば)の泉
女鳥羽(めとば)の泉
 
【写真】徳武(とくたけ)の井戸
徳武(とくたけ)の井戸
 
【写真】地蔵清水(じぞうしみず)
地蔵清水(じぞうしみず)
 
【写真】辰巳(たつみ)の湧水
辰巳(たつみ)の湧水
 
【写真】北馬場(きたばば)柳の井戸
北馬場(きたばば)柳の井戸
 
【写真】源智(げんち)の湧水
源智(げんち)の湧水
 
【写真】妙勝寺(みょうしょうじ)の井戸
妙勝寺(みょうしょうじ)の井戸
 
【写真】石井味噌倉井戸
石井味噌倉井戸
 

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