『岳』 最後の舞台「ヒマラヤ」へ行ってきました~!!

2013年1月10日 投稿者: ハタゴニアン

山岳救助のマンガ『岳』の最後の舞台である「ヒマラヤ、エヴェレスト街道」へ、三歩を追いかけてエヴェレストを見に行ってみました~!!
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岳人なら、誰もが憧れる8000m級の山々が連なる世界の屋根「ヒマラヤ」、
そして、『岳』を読んで僕たちも憧れた世界一高い山「エヴェレスト」!
その憧れの山「エヴェレスト」を一番近い所で見ようと、エヴェレスト街道の
トレッキングへ、マンガ『岳』を持って三歩の跡を探しに行ってきました~。
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そして、まず最初に国際線の飛行機で着くネパールの首都「カトマンドゥ」は、何と!、ここ松本市と姉妹都市提携をしているのです! 僕も今回ネパールに行くまで知りませんでしたが、お互い山の近くにある山岳都市だからなのでしょうか、姉妹都市だったのです!・・・。なので、松本市にも「NPO松本ヒマラヤ友好会」など、いろいろな組織あって、姉妹都市の関係で交流をしているようです。
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首都「カトマンドゥ」からは小型の飛行機に乗り換えて、エヴェレスト街道のスタート地点である「ルクラ」という小さい村へ行きます。そこからエヴェレスト街道のヒマラヤトレッキングが始まるのです。
マンガ『岳』でも、この「ルクラ」からエヴェレスト編が始まっていますね・・・。
「ルクラ」の実際の画像です。とても小さい集落ですが、この飛行場があるので、世界中から多くのトレッカーや登山家がスタートしにここへ来るのでとても活気がありました。僕たちのトレッキングもここ「ルクラ」からスタートしました。
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マンガ『岳』の中では、トレッキング中では荷物を運ぶためのたくさんの「ヤク」(毛牛の一種)が一緒に歩いています。
僕たちもトレッキング街道を歩いていると、たくさんの「ヤク」や「ゾッキョ」に出会いました。ツノが大きいので初めはちょっと怖かったですが、何もしないと大人しい感じで僕たちの横を通り抜けて行ってくれました。
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トレッキング街道には、このようにマンガ『岳』にも描かれているような「吊り橋」もたくさんありました。
「吊り橋」は本当にたくさんあり、このように下を見ると足が竦みそうに高いものもありました。とても揺れるので怖かったです。そして手すりには「タルチョ」と言われる5色のお祈りの旗がたくさん巻きつけてあり、はためいていました。
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『岳』で三歩が友人の家を訪れたりテントで滞在していた「ナムチェ・バザール」の村です。この「ナムチェ・バザール」は、エヴェレスト街道唯一の大きな村で、トレッキングの拠点となっている所です。この村では金~土曜日(ネパールでは金~土曜日が休日となっているのです)に市場「バザール」が開かれていて、ここで販売するためにみんな遠くの集落から歩いてモノを運んでくるのです!
ちょうど僕たちが「ナムチェ・バザール」に到着したのも土曜日だったので、たくさんの人々が自分の持ってきた野菜やお米、ビールやお水、アウトドアウェアなどの着物や靴、その他スパイスなどなど、何でも売っていてスゴイ活気がありました。
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マンガ『岳』では、トレッキング中の背景も、実際のエヴェレスト街道の景色にとても忠実に描かれています! この槍ヶ岳よりも尖っている山は実際にある「アマダブラム」という山です。
この「アマダブラム」という山は、エヴェレスト・トレッキング中、ナムチェ以降ず~っと見えている山で、とても尖っていて僕の一番のお気に入りの山となりました。
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こちらは、マンガ『岳』の中で、登山隊がある峰に辿り着いた時に大きく見えてくる「タムセルク」です。もちろんこの山も実在しています。
「ナムチェ・バザール」から少し上に登ると、この形の「タムセルク」が見えます。もう少し下からも見えるのですが、山の形は変わってしまいます。このマンガの「タムセルク」は、ナムチェ・バザールの少し上側から見た景色ですね。 
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そして、「ナムチェ・バザール」を過ぎると、ついに見えてくる「エヴェレスト」です!!
コチラも、マンガ『岳』の絵は実際の山の風景に忠実でした。ここからだと、まだまだ奥の方にあり頭だけちょっと見えるぐらいですが、それでも最初に見えた時は感慨深いモノがありました。
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この後、マンガ『岳』では、三歩はエヴェレスト登山隊と分かれて一人で「ローツェ」という隣の山へ登るのです・・・・。
これが、マンガ『岳』の中で三歩が登った、実際の「ローツェ南壁」です。標高差3300mの世界一の巨大な岩壁のようです! 実際にこの岩壁を見ると大迫力過ぎて言葉が見つかりません!この岩壁のどこを登ったのだろう?と思いながらこの景色を眺めていました・・・。 
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過去にこの「ローツェ南壁」を登ったのは、長いヒマラヤの登山の歴史でも数隊しか無く最難関とされているようですね・・・。日本では。2006年に、故田辺治さんを隊長とする日本山岳会東海支部のパーティが、冬季としては史上初の南壁登攀を達成していますが、余りにも厳しくて体力を消耗していたため登頂は断念したみたいです。 これは僕の勝手な空想ですが、もしかしたら三歩の山頂を目の前にしての途中での敗退の判断は、この日本山岳会東海支部の実話がもとになっているのかな~とも思いました・・・。
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そしてその後僕たちは、8日間かけてトレッキングを楽しみながら歩き、途中軽い高山病にもなりましたが、何とか5545mのカラパタールという小高い山に登って、「エヴェレスト」を目の前に見る事が出来ました~!!
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僕たちはこの5545mでも苦しいのに、あの「エヴェレスト」の8000m付近で三歩は厳しい条件の中壮絶に戦っていたんだなぁ~と、そんな事を思いながら時間の許す限り「エヴェレスト」の聳え立つ頂をいつまでも眺めていました・・・。そんな僕たちの、マンガ『岳』の三歩を追う、ヒマラヤ・トレッキングでした。
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今回「ヒマラヤ・エヴェレスト街道」のトレッキングに行ってきましたが、マンガ『岳』のエヴェレスト編は、現地の景色が本当に忠実に絵に再現されていて、作者の石塚さんは本当にここを歩かれたのでは?と思いました・・・。(どうなんでしょう?)
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【市民記者 ハタゴニアン】
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『岳』 最後の舞台「ヒマラヤ」へ行ってきました~!!” への3件のコメント

  1.   斎貴籐彦さんより

    最後、三歩さんは、下山して今も一人で世界の山を登っているのですよね。

    •   石塚ファンのさんより

      とても今更な返信ですが
      やはり三歩はあのまま亡くなったのだと思います
      24時間以上デスゾーンにいたため機能障害を起こしている描写があります(空のカップを口につけてコーヒーを飲んだ気になったり吹雪いているのに美しい山々が眼前に広がったり)
      救助に向かった時点で三歩は判断能力が低下していたのだと思います、普段の三歩なら二重遭難する真似は取りませんからね
      おそらくあの状態でキャンプに戻ろうとして滑落事故を起こして行方不明なのではないでしょうか

  2.   ハタ ゴニアンさんより

    石塚ファンのさん、ありがとうございます。物語の続きは人それぞれの心の中で良いのではないでしょうか? それぞれの人の心の中で、いろんな事が想い描かれて、続いていくのだと思います。 僕も山が好きなので、「岳」は今でも大好きな漫画の一つです。これからもよろしくお願いします。

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