特集:松本城 ~ 歴史と不思議Q&A 3

(やさしくて、おもしろいよ)

◆今の松本城の形は石川康長が完成させたの??

石川康長が造営したのは天守、乾天守、渡櫓ですが、その40年後の1633年頃、城主松平直政により辰巳附櫓(たつみつきやぐら)と月見櫓(つきみやぐら)が増築され、今のバランスがとれた天守の姿になりました。

◆松本城の別称は何て言うの?

深志城(ふかしじょう)です。よく言われる烏城(からすじょう)は誤りです。

◆月見櫓は殿様が観月するために作ったの?

1633年、戸田氏のあと城主になったのは、時の将軍家光の従兄弟にあたる松平直正でした。将軍家光は京都からの帰りに善光寺参詣するため、松本城に立ち寄ることになり、直正は家光のために急遽、「辰巳櫓(たつみやぐら)」と「月見櫓(つきみやぐら)」を造りました。この時、時代は太平の世となり石川康長が造った戦国末期の松本城の雰囲気とはまったく違った、風雅な建物が増築されたのです。しかし、中山道のがけ崩れにより家光の善光寺参詣は中止され、松本城を訪れることはありませんでした。

≪今月の宿題ダヨ~≫ 答は来月のこのコーナーで発表!

  1. 松本城はなぜ黒いの?
  2. 月見櫓(つきみやぐら)をもつお城はほかにもあるの?
  3. ところで、「松本城天守五棟」が国宝に指定されたのはいつ?

【記事担当:野村】
  (引用文献:社団法人 松本青年会議所「城下町松本」)