女鳥羽山道樹院 玄向寺

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女鳥羽山道樹院 玄向寺(げんこうじ)(浄土宗)

松本市大村681

電話 0263-46-1393

松本ICより車で約20分

JR松本駅より美ヶ原温泉行きバスで30分 終点下車徒歩15分

松本城主とのゆかり

室町時代の永禄4年(1561年)に「帰命山念仏寺」として開創され、後に「清水寺」と改称されました。寛永19年(1642年)水野忠清公が松本城主となり保護のもと栄え、二代目の忠職(ただもと)の法名から「玄向寺」となりました。

槍ヶ岳開山をした播隆上人が相談したお寺

1828年、日本で4番目に高い槍ヶ岳(標高3180メートル)に初登頂した播隆上人。上人は富山県出身ですが、修行の一つとして槍ヶ岳に登ることを決意しました。当時玄向寺には曼荼羅の研究家であり僧侶の学問所で講義をしたほどの高僧の立禅(りゅうぜん)和尚がいました。上人は立禅和尚を訪ね、槍ヶ岳開山の相談をしました。和尚から案内人を紹介され、苦労の末、山頂に岩を集めて祠(ほこら)を作り、三体の仏像を安置することができました。

毎年「播隆祭」に槍ヶ岳に登る住職

毎年9月の第一土曜日には、槍ヶ岳で播隆祭が行われます。現住職は、県内外の参加者と共に追慕登山をされています。山頂に近づくと、住職は開山当時の播隆上人と同じ姿の手甲脚絆(てっこうきゃはん)にわらじで登ります。わらじはボロボロになってしまうとのこと。上人の苦労のほどがわかります。ルートの途中にある岩小屋は、上人がこもって修行をした場所です。追慕登山ではその岩小屋でお経を唱えます。参加者の方は不思議と涙が流れ出るようです。

松本駅の播隆上人像は先代の住職がモデル

槍ヶ岳開山150周年(1979年)の播隆祭の席で播隆上人の像を作ると言う話になり、モデルは上人との縁のある玄向寺の住職になりました。松本駅東口の播隆上人のブロンズ像は1986年に作られました。追慕登山出発の朝は上人の像の前に集合し、安全を祈願して法要を捧げます。
玄向寺の上人像と松本駅前の上人像とでは、手に持っている物が違います。わかりますか?
玄向寺の上人像は山を分け入っていく姿で、鎌を持っています。

左が駅前の上人像、右が玄向寺の上人像

「松本オープンガーデン」に参加の庭園

牡丹は、明治18年(1885年)に植樹され、現在では約120種1200株もあります。牡丹の時期には芍薬も咲き、藤棚も見事です。牡丹園から少し登った所には杉や松の林がありすがすがしい香りがします。

「第7回玄向寺ぼたん祭」平成18年5月14日

「檀家の方々や周りの人達に御礼をしたい」との思いから始まった雅楽演奏会は、年々観客が増え、7回目の今年はより多くの人達に見てもらえるように配慮され、新本堂で行われました。
副住職も演奏に加わり、京都の「いちひめ雅楽会」による演奏と舞が観客を楽しませてくれました。演奏曲目や楽器についての解説があり、雅楽に馴染みのない人も十分に楽しむことができました。
演奏会の費用は全て副住職のポケットマネーで行われているとのこと。感謝を込めて合掌。

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