インタビュー


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塩尻市出身の百瀬功汰くん。
現在桐朋学園大学音楽学部ピアノ科2年在学中。
子どものためのオペラに出演するのは3回目で
去年はチェレスタで参加していました。
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今年はピアノで参加していて、参加できることが嬉しいし、
本当に忙しすぎて、でもそれが楽しかったそうです。
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5歳の時からピアノを習い、小学校2年生からSK松本ジュニア合唱団に入って歌っていました。
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2006年のSKF、メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」の少年役で出演しています。
白いドーランが落ちてなくて真っ白い顔しています。これが小学校4年生の時の功汰くん。
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2007年の「スペードの女王」にも出演しています。
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これからの活躍に注目したい功汰君ですが、海外へも出ていきたいとも思っているようです。
日本から飛び出して世界で活躍してほしいですね。

【市民記者 西森】

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寺村英樹さんです。
滋賀県彦根生まれ 大阪在住

毎年 大阪から駆けつけてくれます。

Q.SKFとの出会いは?
A.’98年3回目のSKFからです。そのころ信大の経済学部の4年生の時で、音楽好きでしたし、ボランティアにも興味があって

Q.それから毎年参加しているのですか?
A.はい。社会人になったら遠いんですが細々と毎年来れています。
SKFは年に1回だから来れるんだと思いますね。また今年も会えたねぇって感じで。それに信大卒なので大学の先生にも会えるし。SKFが松本へ来るきっかけにもなっています。

Q.大阪でSKFって言ってわかりますか?
A.大阪では松本でSKFをやってるということを知らないですね。小澤征爾って言う名前はすぐわかりますけど。
やはり首都圏から来やすいところでやっているということが 続いている理由じゃないでしょうか。大阪からだと名古屋に出て松本へってやはり遠いですから。

Q.今回は車ですか?
A.いえ、電車で来ました。
すごく渋滞するんですよ。高速1,000円になってから。

Q.松本で好きなところありますか?
A.松本城はやはりいいですね。彦根にもお城がありますけど。松本はお城から駅までの距離がちょうど歩きやすいです。
湧水マップがあったり、それから無料でレンタル自転車があることがすごいです。

Q.お勧めのお店とかはありますか?
A.僕はてんぷらの「蔵」とか田楽の「木曽屋」とか行きますね。

Q.SKFについて感じていることは?
A.全体的に客もボランティアも質が高い人が多いと思います。全国的に見ても特徴も会って誇れると思います。事務局を青山夫妻がず~っとやってるっていうのがいいんだと思います。
ボランティアとしては決してめぐまれてないのにボランティアは増えているし、地元もいれば遠方も、そして若い人からいろんな世代がいて でも居心地がいいです。
それにやはり1年に1回だからできるっていうのもあると思います。

そうですね。1年に1回。
ありがとうございました。また来年もお会いしましょう。

泊さん
六本木スクリーンコンサートのインタビューにも登場の、泊純一郎さんです。川崎生まれ横浜在住。

毎年 横浜から駆けつけてくれます。

Q.SKFとの出会いはいつでしたか?
A.2,000年、学生のときでした。僕は経営工学で、オーケストラとか劇場などの文化芸術に関わる組織の研究 オーケストラマーケティングの研究をしてたんです。音楽好きだったし現場を知りたくて、ちょうどSKFのボランティア募集を知って応募したんです。

Q.松本に来たことはあったのですか?
A.いいえ、初めてでした。

Q.学生で来るのも大変ですよね。それから毎年来ているのですか。
A.そうですね。学生のころは電車で来て
宿を取って、安いとこを。時間はあったんですがお金がなくてね。仕事始めてからは車でも来れるようになったけど時間が取れなくて。でも土日からめて 週2回とか来てますね。

Q.SKFボランティアどうですか?
A.アルバイトとの違いって感じますね。
入り口から入るところから出るところまでボランティアで見るわけですよね。気持ちの入れ方が違うと思うんですよ。気持ちがあるというか気持ちで動いている。

Q.なにか心に残るエピソードとかありますか?
A.県文でコンサートに遅れてこられたかたに、「申し訳ないですが始まってしまいましたので幕間でのご案内になってしまいますが」と説明したら「いいですよ、他の所と違って、ここの人たちが一番よく扱ってくれるから 気持ちよく入れます」と言われたんですよ。うれしかったですね。

Q.何度もきていて、松本でお気に入りの場所ありますか?
A.弘法山の古墳のところから見る松本平。ずーっとみわたせて気持ちいいです。朝、女鳥羽川沿いを歩いていて太陽がさ~~っと当たってくるとき。きれいですよねぇ。

Q.お勧めのお店とかありますか?
A.浅間のかどやに行ったとき 小澤さんがちょうどソバを食べていてそのときは感激して緊張して味なんかわからなかったんですが その後一人でもう一度行って食べてからおいしくて ソバが好きになりましたね。
それから この間初めて馬刺しを食べました。連れて行ってもらった富士亭ろばた‎さんで。おいしかったです。 

‎Q.これからも続けますか?
A.はい、続けるつもりです。実は3年目くらいからリーダーもやるようになって 胃が痛くなることもあって そこまでしてやることないのにと思ったことがあったんです。でも一日だけでもやろうと来てみるとやれちゃうんですね。かわいがってもらいましたし 事務局に入ってその大変さも知りましたし。外から入ってきた僕を受け入れてもらったように 僕も外から来た人たちに声をかけてあげたいしその掛け渡しになってあげたいと思っています。

ありがとうございました。これからも頑張ってください。

ガンちゃん
オーケストラステージマネージャーの
岩崎尚人さんです。
東京出身の34歳。
通称ガンちゃん(岩崎の岩から)
お医者様のかわいい奥様と1歳になるお子さんをもつ 頼もしいマネージャーです。

縁の下の力持ち、舞台を支える岩崎さんにインタビューしました。

Q.小さいころなりたかったもの 教えてください。
A.いろいろありますよ。
電車の運転手になりたかったときもあるし、天文学者になりたかったときもあるし・・・
今でもありますよ。

Q.今でもですか?
A.えぇ。居酒屋とか焼き鳥やとかやってみたいですねぇ。 (ほぉ~似合ってる気がする・・・)

Q.ステージマネージャーってどんなお仕事か教えてください。
A.オーケストラの舞台監督ですね。トラックを手配して楽器を運搬することから、搬入搬出、ステージにセットすること、それから進行。

Q.そうすると事前の打ち合わせは大変ですね。
A.そうですね。指揮者と何度も打ち合わせをして、そのホールに合う形で作って持っていってチェックしてもらいます。

Q.SKFとの出会いというか きっかけは?
A.大学4年のときですね。
ぼく 桐朋でチューバ吹いてたんですよ。そのころSKFのステマネやってたのが金子康夫さんで 桐朋の演奏会もやってくれてたもんだからよく知ってたんですよ。それでバイトあるから来ないかと言われて ステージスタッフとして入ったのがきっかけですね。

Q.来て見てどうでしたか?
A.楽しかったですよ。勉強になりましたしね。ステージスタッフって 他には以前は松本室内楽団のメンバーが手伝っていて、みんな勉強になったと言ってましたね。今は信大オーケストラが手伝ってますがやっぱり勉強になると言ってます。素人の並べ方とは違いますからね。

Q.そのバイトしていて、ステージマネージャーいいなと思ったのですか?
A.ステマネは金子さんの引退で引き継ぐ形でなったんですが、ぼく 性格的に裏方で支えるのって好きなんですよ。チューバもオーケストラで下から支えるって感じでしょ。(笑) 

Q.SKFはボランティアさんもたくさんいますが、なにかエピソードとかありますか?
A.楽しくやらしてもらってますよ。
余ったスイカ食べてねぇってもらったり。おいしいものあると分けてもらったり。

Q.何年も松本に来ているわけですが、松本の印象ってどんなですか?
A.温かいですね。
街を歩いていて SKFを街のみんなで誇りに思っているのを感じますね。

Q.SKF以外で松本へ来たことありますか?
A.仕事にかこつけて温泉入りに来るとか・・・しますよ。本番前だとしっかり温泉入っちゃうと疲れるから。

Q.お気に入りのお店とか ありますか?
A.ドラム缶!! 七輪って店。
もうそこには必ず行きますね。行くと何でも作ってくれるから。松本にきはじめたころは まだなかったからいろいろ連れてってもらったりしたけど そこができてからはもうそこだけ。

Q.ずっと泊まってるんですよね。
A.そう。SKFの間は、ずっと泊まってるからいろんな人と飲みに行けるし、毎日おいしいものも食べれるしいいね。

Q.松本でおいしいものってありましたか?
A.山賊焼き!! あれの本物ってどこで食べられるかわかんないでしょ。
あれは ちょっと盛り上げましょうよ。
  (賛成~~ぃ!!)

ありがとうございました。

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この日は公式公演最終日。おいしいお酒が飲めたでしょうか!!

写真は七輪酒家で飲んでいる岩崎さん。

七輪酒家
松本市深志2丁目2-10 広津屋ビル1F
Tel/Fax 0263-36-4665
Open17:30~24:00

武満 眞樹さん■今回のインタビューのお相手は、作曲家 武満 徹さんのお嬢様で、昨年から、サイトウ・キネン・フェスティバルの広報担当をなさっている、武満 眞樹さん

眞樹さんは、映画の字幕や吹き替えの翻訳、ラジオ・テレビの音楽番組の構成・案内役、コンサートの司会のほか、エッセイの執筆などでも活躍中です。

Q:お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。
お父様が有名な作曲家って、ものすごくうらやましいのですが、
お子さんの頃の眞樹さんとお父さんの関係についておしえてください。

A:小学生の時「お父さんの仕事」っていう社会科の授業があったんです。
でも、作曲家という職業が、職業の一覧に載っていなかったんですよ。
先生に聞くと「作曲家は自由業だよ」って言われたので、自由業の欄を見てみると『作家』とか『画家』はあるのですが、『作曲家』は載っていなかったんです。
父に向かって「パパの仕事は社会から認められていない!社会から必要とされていないんだ!」って言ってしまったんです。
今になってみると、ものすごく残酷な話なんですが。。。

Q:大人になってからは、いかがですか?
A:二十歳の頃に、NHKのドキュメンタリー番組で、子どもが自分の親にインタビューをする、という企画があったんですね。
その中でも父に「もっときれいな音楽を作ればいいのに」と、私が言うと「自分では、きれいな音楽を書いているつもりなんだけどね。」と、父が苦笑するシーンがあるんです。
今になって、こういう仕事をさせて頂いているのは父のおかげだと、ものすごく感謝しています。

Q:お父様が音楽を始められたきっかけって、お聞きになりましたか?
A:ええ。そのドキュメンタリー番組の中で、父がこんな風に語ってくれました。
太平洋戦争中、旧制中学の学生だった父は、学徒動員にかり出されたそうです。
ある時、青年将校さんが、シャンソンの『聞かせてよ愛の歌を』を蓄音機で聞かせてくださったそうです。
その瞬間「体に電気が走るように感動した」そうです。
そして、戦争が終わって好きなことができる世の中になったら、音楽家を目指そうと思ったそうです。

Q:戦時下で、音楽が一筋の希望の光だったんですね。
A:そのエピソードには、さらに後日談がありまして。。。
父がある日、仕事仲間と一緒に、赤坂見附の交差点で信号待ちをしていた時、
僕が、あなたに『聞かせてよ愛の歌を』を聞かせました
と、一人の男性が声を掛けてきたそうなんです。

父はただ「はぁ。。。」と、返事をしただけで、しばらく呆然としていたそうです。
夢なのか、現実なのか、わからない出来事だったと。

Q:まるで映画のワンシーンのよう。ものすごくドラマチックな出来事ですよネ。

私は武満 徹さんの作品の中で『』が大好きです。
TVの番組の中で、武満さんご自身が「音楽は歌にはじまり、歌に終わる」
というようなことを、おっしゃっていた記憶があります。
この歌を聴くと『人間は、ただ生きているだけて価値があるんだよ』って、言われているような、
ものすごく大きな愛に包まれた気持ちになります。

眞樹さんの、一番のお気に入りの作品はどれですか?
A:その時によって違います。演奏によっても違いますしね。
父が書いた映画音楽には好きなものが多くあります。
いわゆるコンサート作品だったら『ノスタルジア』というヴァイオリン・コンチェルトが好きです。

Q:松本に来たら、絶対食べたいものってありますか?
お気に入りの味・お気に入りのお店がありましたら、教えてください。

A:もちろんお蕎麦は必ず食べます。
今年はスタッフに色々なお店を教えてもらって、あちこちのお蕎麦を食べることができました。
それと、もう何年も前から『鳥幻望』という串揚げの店にも、ちょこちょこ行っています。

父が最後にサイトウ・キネン・フェスティバル松本に来たときは、癌の闘病中で、東京の病院から直接来たのですが、抗がん剤の影響などであまり食欲もなかったはずなのに、お蕎麦をおかわりして食べたのを覚えています。
確か川沿いの『もとき』という店でした。

Q:最後に、お父さまに、現在の「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」の様子をどのようにご報告なさるのか、教えてください。
A:う~ん、きっと空のどこかから、とっても自由な状態で、ちゃんと見ているし聴いていると思うので、私が報告する必要はないと思いますよ。

【聞き手=一志 さえ美/写真=西森 尚己】

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