2012年1月のアーカイブ

【松本大好き!M100】#008…木登り師:中村照男さん

2012年1月25日 投稿者: kobayashi[ コメントはこちらから: »


中村照男さん 木登り師 埼玉県出身 北安曇郡池田町在住

白樺峠のタカの渡りを知っていますか?
松本市奈川の白樺峠(上高地乗鞍スーパー林道の標高1620m地点)付近では、9月から10月に猛禽(もうきん)類のタカ・サシバ・ハチクマなどが北東から南西に渡って行く姿が見られます。白樺峠は今ではワシタカファンにとっては憧れの場所になっています。
観察場所の「タカ見の広場」を作ったのは、信州ワシタカ類渡り調査研究グループ(通称「信州タカ渡り研」 代表は植松晃岳さん)ですが、そのほとんどを整備したのが中村照男さんです。

4年前にタカ見の広場に行った時に、とてもうれしそうにワシタカ類について話してくれました。名刺に「木登り師」と書かれていたので、やたら突っ込みを入れてその職業について聞き、ワシタカ類の話は頭の隅に追いやられてしまいました。
今回インタビューをして木登り師と名乗ることになったのも白樺峠のタカ見の広場と関係があることがわかりました。
それでは、中村さんのお話をお読み下さい。

◆ワシタカ類が好き!◆
白樺峠が全国のタカ渡りの観察をリードしていると言われたことが有りましたが、それは信州タカ渡り研のメンバー(主に久野さん、佐伯さん)の識別レベルの高さ、インターネットでのデータの公表、一般者用観察場所の整備などを当グループがしてきたからだと思います。最初は一部の人を除いて頼りなかった識別も次第にレベルが上がり、現在ではタカの種類と数、オス、メス、成鳥、幼鳥、換羽の状態、そのう(喉付近の食料を一時蓄えて置く器官)の膨らみまで調べています。
信州タカ渡り研は若い人が少ないのですが、個性、特技が様々です。交渉が得意な人、調査が得意な人、情報発信が得意な人、土方仕事が得意な人など。それらが上手く組み合わさっていたのと、タカの確認数の多さで、白樺峠が一目置かれる存在になったのでしょう。過去に高円宮妃殿下が2度来られました。このことは当グループにとって活動がしやすくなり大変助かりました。
タカの渡りは天候に大きく左右され、雨の日にはほとんど渡りません。シーズンのタカの出方は可能性としてですが、9月10日辺りからは1日100羽位、15日辺りからは1000羽位、20日前後には数千羽も出る可能性があります。ここ数年の最高は3000羽くらいでしたが、昨年は久しぶりに5000羽以上の渡りが見られました。過去には7000羽見られた年も有ります。
ワシタカ類の渡りでは、効率よく飛ぶために上昇気流に乗って高さを稼いでから滑空して飛んで行きます。そのとき群れの先頭が上昇気流に乗って回りだすと、後続も次々に上昇気流の中に入って同じように回りながら高度を上げます。それがまるで「カ柱」のように見えることから、蚊柱(かばしら)になぞらえて「タカ柱」と名付けられました。滅多にないことですが、一時間に1500羽とか2000羽と云うことも有りました。そんな時はまるでタカが川のように流れて、それは本当に素晴らしい光景です。「タカをやっていて良かった!」と思った瞬間でした。

私の推測ですが、白樺峠付近を多数のタカが通過するのは北アルプスがあるからだと思います。日本列島が北東から南西に延びていて、北アルプスが南北に連なっています。つまり南下してきたタカを北アルプスがじょうごの役割をして白樺峠付近に集めているのです。良い上昇気流があれば、タカは北アルプスを越えてしまいますが、あまり上昇気流が無いときは楽に行ける谷間を目指して来ます。その先に白樺峠があるのです。

信州タカ渡り研でタカの渡り調査を始めたのは21年前ですが、そのきっかけは1983年にタカの渡りを探そうと登った有明山(ありあけやま 安曇野市)でした。初めて登った有明山でタカが渡っているのを初めて見たのです。それから本格的にタカ渡りの場所探しが始まったのですが、なかなか良い場所は見つかりませんでした。それと云うのもタカの渡りといえば、当事は愛知県の伊良湖岬(いらこみさき)が有名で、ピークは10月初旬でした。当然のように10月初旬に一生懸命探していたのですが、10月初旬は白樺峠では数が減る時期だったのです。初めて渡りらしい渡りが見られたのは、それから5年後の10月1日でした。午前中で300羽の渡りを見たのです。このときは嬉しかった。「やったやった、ついに見た!」何度もガッツポーズが出ました。最初に有明山でタカの渡りを見ていなければ、とても探し続けられなかったと思います。その後、渡りのコースを南にたどって行き安房峠(あぼうとうげ 長野県と岐阜県の境)で50羽の群れを見たりしましたが、良い場所は中々見つかりませんでした。そして今度の休日に野麦峠に行こうと思っていたら、アルプス公園の吉川さんから電話があり、野麦峠ですごい渡りを見たとのこと。そしてタカが白樺峠辺りを通るのでは?と言われて行ったら1日で500羽位の渡りが見られたのです。
その後タカ渡り研が出来て調査を始めたのですが、最初から凄い発見がありました。まず伊良湖岬ではハチクマは幼鳥がほとんどなのに対して、白樺峠は成鳥も幼鳥も普通に見られました。次にピークは伊良湖岬が10月初旬なのに対して、白樺峠は9月中下旬でした。このピークの違いの発見は、その後のタカ渡り調査をする人達にとって大いに参考になったと思います。

◆どうしてもやりたいことがある!◆
私はワシタカ類が渡っていくのを見て感動しました。”見たい人がいるはずだ!“と思い、タカ渡り研の会議で白樺峠に一般の人が見られる観察場所を作ることを提案しました。一部反対意見も有りましたが作ることになり、村(当事は奈川村)との交渉には当会代表の植松さんが主に当たりました。最初は工事に木を使っていたのですが3年もすると木は腐ってくるので、数年前から草を利用しています。そのお陰で補修の作業が大分楽になりました。
広場作りは2000年から始めましたが、まだまだ未完成です。最初は人の為にと思っていましたが、結果的には自分の為でした。タカ見の広場を作ったことで自分の心の中に余裕が出てきました。たとえ小さな事でも「これをやったんだ!」と思えることが一つでもあるのはうれしいものです。
仲間から「タカ見の広場がかわいいでしょう?」と言われました。本当に広場自体かわいくて仕方ありません。観察中にタカの数が少ないと“なぜだろう?”と心配になるし、来て頂いたお客さんにも申し訳なく思います。今は野鳥の会などのグループがツアーを組んで全国から来てくれます。お客さんが来てくれるのが本当にうれしいです。
タカになるべく近くを通ってもらえるように観察場所の前には、人間隠しのつもりで草の丈を高くしているのですが、邪魔だと観察に来たお客さんに言われることもあります。こっちは人間隠しのつもりでも、タカからは丸見えかもしれないですね。考え直そうかな~。(笑)

池田町北アルプス展望美術館にて


◆人生が変わった!?◆
タカ見の広場を作ったことで仕事も変わりました。
以前は、午前中にタカの観察をして、午後からは店で働いていました。
タカ見の広場でタカを観察するようになってから、タカの調査を依頼されることが多くなり、「木にも登れます」と言ったら、そういうことも依頼されるようになりました。それで木登り師になったのです。調査の仕事は15年になりました。
タカ見の広場では、来ていただいたお客さんに説明するものですから上手い下手は別にして、人前で話をするのも平気になりました。それまでは内弁慶で、そんな事はとても出来ない人間でした。
タカ渡り研に入ったことでタカ見の広場を作り、それが縁で好きな猛禽類や鳥の調査の仕事をしてストレスなく生きている。タカ渡り研が無かったら、探鳥会に参加するだけの変わったおじさん程度だったかもしれませんね。
白樺峠のタカの渡りは、北アルプスがある限り50年後も100年後も続くことでしょう。私が、タカ見の広場の整備を出来なくなった後でも、存続できるような仕組みをこれから考えていかなければいけませんね。

<記者の感想>
松本の名所「白樺峠 タカ見の広場」が、中村さんの強い思いからできたとは。タカの渡りを知るきっかけをくれたその行動にひたすら頭が下がるばかりです。
今度タカ見の広場に行ったら、タカを見るだけではなく中村さんの工夫した草階段もしっかり見たいと思いました。そして忘れずに中村さんに声をかけて、またあの幸せいっぱいといった感じのうれしそうな顔でタカの話をしてもらいたいと思いました。  【市民記者:小林】

信州ワシタカ類渡り調査研究グループのHP →こちら
当サイト内タカの渡りの記事 ↓
  2011/09/15~10月中旬まで白樺峠「タカの渡り」
  タカの渡り 2008年9月18日掲載
  タカの渡り 2007年9月20日掲載