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【松本大好き!M100】#010…まんが家・エッセイスト:鈴木ともこさん

2012年4月7日 投稿者: kobayashi[ コメントはこちらから:1 通 »


鈴木ともこさん 2011年5月から松本市在住
出版社勤務を経て、作家として独立。著書にコミックエッセイ『山登りはじめました』シリーズ、『強気な小心者ちゃん』シリーズ(以上、メディアファクトリー)、4コマ漫画『笑う会社』(以上、祥伝社)など多数。
出身は東京都だが、山好きが高じて松本市に移住。自身の山登り体験をまとめた『山登りはじめました』は累計11万部を超え、山に登ったことのない初心者からベテランまで、老若男女を問わず好評を博している。
現在は、ハワイのアウトドアをテーマにしたコミックエッセイを執筆中。

◆松本について◆
私にとって、松本との縁は意外に古く、初めて訪れたのは生後半年らしいです。母の親友一家が松本に住んでいて、中学生になるまで毎年遊びに来ていました。
もちろんそのときは、松本に住むとは思っていませんでした(笑)。

子どもが生まれて、自然に近いところで子育てをしたかったことと、東京にも出やすい距離、そして街の持つ魅力にも惹かれ、引っ越しをしてきました。最大の決め手は、大好きな北アルプスを見ながら暮らせることです。東京と違って、人にぶつからず歩けるのもうれしいですね(笑)。

松本の街を散策するのが大好きです。古い文化が残っている一方、新しいものを取り入れているのがとても心地よく、歩いているだけで楽しくなります。代々続く老舗と、新しくできたおしゃれなお店がうまく調和していると、しばらく見惚れてしまいます。

また、あめ市のような伝統的なお祭りもあれば、クラフトフェアなど新しく始まったイベントもあって、特に夏にかけてはイベントが多く、それもとても刺激的です。松本ぼんぼんには、ぜひ踊り手として参加してみたいです。

住めば住むほど、松本の魅力を実感しています。引っ越してきてからまだ1年経っていませんが、今や東京から松本に戻ると、ホッとしてしまいます。

松本の方々には、冬の寒さを心配されることが多かったのですが、意外と大丈夫でした。
冬は、寒い時期ならではの良さもたくさんあります。私にとって一番うれしいのは、空気が澄み、北アルプスが一層美しく見えること。松本城越しに見る、青空の常念山脈には、いつも感激してしまいます。
あと、寒い中でいただく蕎麦、鍋、日本酒もおいしいですし(笑)。

寒さ対策には、アウトドアウェアが大活躍でした。特に、メリノウールという素材のアンダーの上下と、軽量のダウンジャケットが快適で、お持ちでない方には絶対オススメしたいアイテムです。街だけでなく、山でも活用できるので(笑)、買って損はさせません!

人との出会いがまたいいですね。松本には親切な人が多いと感じています。
立ち寄った酒屋さんでお茶を頂いた上に、採れ立て野菜まで頂戴してしまったことがあります。全国展開するチェーン店であっても、店員さんと会話が生まれることがあって、それも楽しいです。

散歩と同じく、のんびりサイクリングするのも好きです。牛伏寺(ごふくじ)や安曇野にある『モンベル』まで出かけることもあります。
そう言うと驚かれますが、実は電動アシスト自転車なので、それほど大変ではないんですが。
〔記者の補足:松本の街中から上記2箇所へは、それぞれ相当な距離があります。なかなか実行する人はいないでしょう。〕

東京から友人が来たときは、『力車(りきしゃ)』や『すいすいタウン』を薦めています。無料貸し出し自転車は、観光客にとても優しいサービスですよね。
一通り街を見て回ると、みんな松本が好きになるみたいですよ。毎回、「松本に移住しちゃえば」なんて言って(笑)、見送っています。

身近に、川や湧き水があるのもいいですね。女鳥羽川に降りて遊んでいる子どもの姿は、素敵な光景だなあと思います。
あがたの森公園もとても好きです。美しい庭園でくつろげるだけでなく、その風景に調和した文化的な建物があり、いろんなイベントもあって面白いです。


◆山の楽しみ◆
6年ほど前から山登りを始め、最初の2年くらいは、週1のペースで登っていました。

とはいえ、学生時代は完全にインドア派で、マラソンも水泳もできるだけやらなくて済むように、ときには仮病も使うほど(笑)運動を避けていました。
今も、山を制するというよりは、ゆっくり登らせてもらうという感じです。

私は漫画の中で『リサーチ番長』と名乗っているのですが、山に行く前には、本やインターネットなどで、山小屋や下山後の温泉、グルメ、お土産などについて情報収集しています。山登りの楽しさは、計画して準備するところから始まっていると感じています。

特に好きなのは、山小屋です。行きたい山小屋を決めてから、登る山を決めることも多いです。“おいしい・かわいい・たのしい”ことが大好きなので、山小屋の“食事・おみやげ・人との出会い”を期待して出かけます。

最近見つけたお気に入りの山小屋は、昨年常念(じょうねん)山脈を縦走したときに泊まった、大天荘(だいてんそう)です。スタッフの方がみんな素敵な笑顔で、山への熱い思いを抱いていて、スタッフの方に会いに行くためにまた登りたくなってしまいます。

ある山小屋のご主人が、「プラス発想しないと山には登れない」とおしゃっていました。
私もそうだと感じています。山では、何があっても自分の足で進まなければいけません。でも、どんなに山頂が果てしなく思えても、一歩一歩進めば、必ずゴールにたどり着くことができます。

しかも、山にいると、出てくる言葉が自然とポジティブになるんです。「がんばって!」と励まし合ったり、「よかったね」と喜び合ったり、どこそこの山が良かったとか、今日は雲海がキレイだったとか。誰も、会社の愚痴なんて言っていません(笑)。

山では、年齢も性別も肩書きも関係なく、“山が好き”という1点だけで、温かい会話が生まれます。街ではなかなかないですが、山では、心の壁が低くなるんですね。

山でのそういう体験は、日常生活でも、自分を支える元気につながっていると思います。

著書の『山登りはじめました』を読んでくださった方から、たくさんのお手紙やメールを頂くのですが、下は5歳から上は88歳まで、いろいろな世代の方が、山への思いをギッシリ書いてくださいます。山で撮った写真付きの報告も多く、夏山シーズンになると毎日のように頂きます。著者として、こんなにうれしいことはありません。

松本に住んでいる方からも、学校登山がつらくて、山なんて……と思っていたけれど、本を読んで興味を持って、実際に同じコースで常念山脈の縦走をしたら、山の素晴らしさにやっと気づいた、というメールを頂きました。本当にうれしかったです。

私は、山で守らなくてはいけないルールは、
 1、安全に下山する
 2、自然を壊さない
 3、人に迷惑をかけない
の3つしかないと思っています。それさえ守れば、あとは自由です。テントを担いでも、山小屋でのんびり過ごしても、何日縦走しても、日帰りでも、かわいいウェアを楽しんでも、硬派なクライミングを楽しんでも、全部自由。山には、それを受け入れる懐の深さがあります。

山に登るたび、「みんな山においで~!」と、心の底から思います。
山登りは競争ではありません。人それぞれ、好きなスタイルで自由に楽しめるんです。
ぜひ、1人でも多くの方に、日本の山の美しさ、山登りの楽しさを知っていただけたら、と願っています!

鈴木ともこさんのサイト 【ドロップ】→ こちら

<記者の感想>
昨年2011年11月20日に行われた【岳都・松本「山岳フォーラム」】にパネラーとして出席された鈴木さんの話にとても感心させられました。
性別や年齢を越えて、皆が同じように楽しめる。それが山の一番いいところなのに、『山ガール』という言葉を使って若い女性を区別してしまうのは、それを否定するニュアンスがあるのではないか、とおっしゃっていました。
インタビューをさせていただき、鈴木さんの“たくさんの方に山を楽しんでほしい!”という思いを再度熱く感じました。
松本の生活を「大満足!」と言っていただき、うれしかったです。 【市民記者:小林】

【松本大好き!M100】#009…乗鞍大雪渓WebSite:山田卓也さん

2012年3月14日 投稿者: kobayashi[ コメントはこちらから:1 通 »


山田卓也さん
 ホームページ「乗鞍大雪渓 WebSite」の管理人
 愛知県在住

「乗鞍大雪渓WebSite」を何年も見続けていると、とにかく“すごいな~”と思います。何年間もほぼ毎週乗鞍の大雪渓を中心に乗鞍のことが更新されています。そこから“静かな情熱”を感じていました。
このサイトに関して何がすごいかあげてみましょう。
1、淡々とした記録でわかりやすい
2、今年と昨年の対比が載っていてわかりやすい
3、記事がほぼ毎週更新されている
4、無報酬の個人のホームページ
5、乗鞍出身ではない長野県外の人がサイトを管理している
他にもいろいろありますが、この5つにポイントをおいてインタビューをさせていただきました。

◆よく毎週更新できますね?◆
20年前の冬に会社の先輩に連れられてスキーをしに来たのが乗鞍へ来た最初でした。その時には、あちこちのスキー場に出かけていました。
スキーにすっかりはまり込んでしまい、冬が終わってもスキーができる場所を探していろんな所に行っているうちに、乗鞍岳の下の大雪渓は夏でもできることがあることがわかり、夏の間はトレーニングのつもりで乗鞍に毎週来ていました。友人に大雪渓の状況を電話などで教える程度だったのですが、2001年から個人のサイトを持ち、情報を発信することにしました。今まで楽しませてもらったので恩返しのつもりでした。
元々写真を撮るのが趣味だったのですが、スキーに夢中になっていたために薄れつつあった趣味が活かせるようになりました。
情報発信を続けていると楽しいだけではなく、情報を出さなくてはならない責任を感じます。
山スキー好きで乗鞍に来る人の多くが、サイトを見ていると自覚しています。
風邪をひいても金曜日までには治すように努めています。
会社も仕事ですが、お金にはならなくても週末の乗鞍での取材も仕事です。どちらも大事な仕事です。
私よりももっと山を早く歩くことができる人もいるし、もっと写真や文章が上手な人は世の中にはたくさんいらっしゃいます。私はどれもある程度のレベルまでだけど、それらを組み合わせることで、他にはないWeb Siteをまとめあげています。
やり続けるためには“ゆったりした川の流れ”をイメージし、“素直に流れる。無理をしない。”ことが重要かも知れませんね。

◆感情に共感するようなブログが多い中で、山田さんは淡々と書かれていますね?◆
客観的に書くようにしています。サイトを見ている人がなるべく正確に判断できるほうが良いと思うので。
私の「どうだ~!」と思った自己主張をあまり入れすぎてしまうと、読まれなくなるような気がします。
ゆっくり低空飛行しているような感じでしょうか。その方が日常的で自分でも苦しくないペースでやっていけます。「どうだ~!」という要素が強いと、続けられなくなるでしょうね。
それでも日常的な中での新たな発見には努力しています。
20年間乗鞍に通っていても、まだまだ知らないことがたくさんあるとわかってきました。

◆知らないことって何ですか?◆
乗鞍について探求すれば探求するほど知らないことが出てきます。
11月はサイトが更新されないのですが、その時にも乗鞍に通っています。景色の良い場所を探して山の中を歩いたり、乗鞍に住んでいる人たちに歴史的なことなど教えてもらうこともあります。
地元の人に声を掛けることで逆に声を掛けていただくこともあります。この(写真の)ワカンは乗鞍で兎追い猟で使われたものです。「山ちゃん、体力があるから兎まくりを手伝って」と言われてもらいました。木製で軽く、クイがついているので滑りにくく機能的です。ファッショナブルなところもいいでしょ?(笑)
乗鞍に詳しくなっても長野県外から来る人の目線を保ち続けるようにしています。
乗鞍のスキー場に来る半数以上の人は県外の人でしょう。
乗鞍大雪渓WebSiteが乗鞍の入口となり、実際に来てみて感じて欲しいと思って続けています。私が県外から通い続けて情報を発信する役割が、こんなところにあるのではないかと思います。
乗鞍で教えられたこともサイトの中に入れて、地元の人が見逃している良さを多くの人に伝えたいですね。

◆いつが好きですか?◆
乗鞍の冬がいいですね。
寒さは辛いですが、取材することが嫌になることはありません。美しい季節だと思います。

春めいてきたとはいえ、まだ冬の3月中旬におすすめの場所にご案内いただきました。
スキー場「Mt.乗鞍」第3駐車場から説明すると、第3駐車場から夢の平クワッドまでゲレンデ内を歩きます。かもしかペアのリフトを乗り継ぎ「かもしか平」まで行きます。リフトの料金は2回乗るので800円です。(2012年3月現在) リュックを背負ったままリフトに乗るといつも不安だったので、山田さんに「リュックを前に抱いて持つといいですよ」とアドバイスしていただきました。確かに腰が安定して座れました。
 
かもしか平からいきなり急登です。山田さんが良いコースを選んでくれたのでこの急坂で穂高方面が見えました。写真の赤い線まで登らないと見られません。この坂が一番大変です。

山田さんはスキーにクライミングスキン(シール)を貼って登り、私はスノーシューで登りました。


「この坂を登ったところは景色がいいですよ。」と山田さん。


確かに良い眺めでした。


もう少し歩みを進めるとこのような景色の場所に着きました。乗鞍岳の素晴らしい眺めに気を取られて、山田さんに教えていただくまで気がつかなかったのですが、道の右手の林に少し入っていくと穂高の山並が見えました。山が白く浮かび上がりすぐそこにあるように感じました。山田さんが「空気が澄んでいるので冬は近く感じますね」とおしゃっていました。
かもしか平からここまでゆっくり歩いて1時間40分くらいかかりました。
帰りはかもしか平まで来た道を下り、かもしか平からはゲレンデ内を歩いて下りました。第3駐車場までは、下り始めてから2時間弱の所要時間でした。

地図は正確ではありません。おおまかなルートです。できる限り経験者と行動してください。乗鞍にはアウトドアーツアーもありますのでご利用下さい。 山の天候は変わりやすいことを体験しました。朝はとてもいい天気だったのですが、午後は急激に天候が変わり、雪が降り始めました。山田さんの的確な判断でほとんど降雪にあわずに済みました。 ◆この日山田さんが背負っていたもの◆ レンズ+カメラ本体 各2台(写真を確実に撮らなければならないため万一に備えて予備を携行) ・ビーコン ・ゾンデ棒 ・スコップ(雪崩れに備えて)  ・無線機(携帯電話の電波が届かない場所でも、救助連絡に備えて) ・アイゼン(スキー板で登れないガチガチに凍りついた雪上を登るときに使用) ・レーザー距離計 ・温度計2本(客観的で確実な情報のため) ・ファッショナブルなワカン ・ツェルト ・GPS ・水筒 ・コンロ ・食料など 試しに背負わせて頂きましたが、背負うまでが大変なほど重かったです。 この時は入っていなかったのですが、夏にはパソコンもリュックに入れて、山小屋で速報を発信するそうです。 歩いていると山田さんは多くの方に声を掛けられていました。「サングラスをしているのによくわかりますね?」と聞くと、「他にこんな格好をしている人はいませんから」と。
◆日焼け止めクリームは何を使っていますか?◆ 「アネッサのSPF50 金色の」だそうです。 山田さんは毎週山に入っているのに色白なので、不思議に思い質問してしまいました。女性から質問されるそうです。 ◆夏の山田さんの仕事っぷり(乗鞍大雪渓WebSiteに関して)◆ 取材前日に乗鞍入り(金曜日)  前日の夜には乗鞍に着いています。 日の出前から活動開始(土曜日)  朝食は食べるそうですが、昼食を摂る間もなく取材を続けているそうです。 1日目の午後5時30分頃山小屋から速報発信 2日目も取材(日曜日) 2日目の夜帰宅  家に入る前、忘れないうちに車の中で記事をほとんど書き上げる。パソコン2台使用。 サイト更新(火曜日から木曜日あたり) 山田さんの管理している乗鞍大雪渓WebSite → こちら <記者の感想> 山田さんとは2007年10月に位ヶ原山荘でお会いした時にあいさつをした程度でした。その時に初めて乗鞍大雪渓WebSiteを知ったのですが、継続していく様子に、管理人さんはどんな人だろう、修行僧みたいな人かな~と勝手に想像していました。 今回取材させていただき、“乗鞍の今”を発信するのに抜かりがないようにしているので驚きました。 時間を割いてコツコツと続けていくことは、できそうでなかなかできないものです。 敬意をこめて、やはり山田さんは修行僧のような人だと思いました。   【市民記者:小林】

【松本大好き!M100】#008…木登り師:中村照男さん

2012年1月25日 投稿者: kobayashi[ コメントはこちらから: »


中村照男さん 木登り師 埼玉県出身 北安曇郡池田町在住

白樺峠のタカの渡りを知っていますか?
松本市奈川の白樺峠(上高地乗鞍スーパー林道の標高1620m地点)付近では、9月から10月に猛禽(もうきん)類のタカ・サシバ・ハチクマなどが北東から南西に渡って行く姿が見られます。白樺峠は今ではワシタカファンにとっては憧れの場所になっています。
観察場所の「タカ見の広場」を作ったのは、信州ワシタカ類渡り調査研究グループ(通称「信州タカ渡り研」 代表は植松晃岳さん)ですが、そのほとんどを整備したのが中村照男さんです。

4年前にタカ見の広場に行った時に、とてもうれしそうにワシタカ類について話してくれました。名刺に「木登り師」と書かれていたので、やたら突っ込みを入れてその職業について聞き、ワシタカ類の話は頭の隅に追いやられてしまいました。
今回インタビューをして木登り師と名乗ることになったのも白樺峠のタカ見の広場と関係があることがわかりました。
それでは、中村さんのお話をお読み下さい。

◆ワシタカ類が好き!◆
白樺峠が全国のタカ渡りの観察をリードしていると言われたことが有りましたが、それは信州タカ渡り研のメンバー(主に久野さん、佐伯さん)の識別レベルの高さ、インターネットでのデータの公表、一般者用観察場所の整備などを当グループがしてきたからだと思います。最初は一部の人を除いて頼りなかった識別も次第にレベルが上がり、現在ではタカの種類と数、オス、メス、成鳥、幼鳥、換羽の状態、そのう(喉付近の食料を一時蓄えて置く器官)の膨らみまで調べています。
信州タカ渡り研は若い人が少ないのですが、個性、特技が様々です。交渉が得意な人、調査が得意な人、情報発信が得意な人、土方仕事が得意な人など。それらが上手く組み合わさっていたのと、タカの確認数の多さで、白樺峠が一目置かれる存在になったのでしょう。過去に高円宮妃殿下が2度来られました。このことは当グループにとって活動がしやすくなり大変助かりました。
タカの渡りは天候に大きく左右され、雨の日にはほとんど渡りません。シーズンのタカの出方は可能性としてですが、9月10日辺りからは1日100羽位、15日辺りからは1000羽位、20日前後には数千羽も出る可能性があります。ここ数年の最高は3000羽くらいでしたが、昨年は久しぶりに5000羽以上の渡りが見られました。過去には7000羽見られた年も有ります。
ワシタカ類の渡りでは、効率よく飛ぶために上昇気流に乗って高さを稼いでから滑空して飛んで行きます。そのとき群れの先頭が上昇気流に乗って回りだすと、後続も次々に上昇気流の中に入って同じように回りながら高度を上げます。それがまるで「カ柱」のように見えることから、蚊柱(かばしら)になぞらえて「タカ柱」と名付けられました。滅多にないことですが、一時間に1500羽とか2000羽と云うことも有りました。そんな時はまるでタカが川のように流れて、それは本当に素晴らしい光景です。「タカをやっていて良かった!」と思った瞬間でした。

私の推測ですが、白樺峠付近を多数のタカが通過するのは北アルプスがあるからだと思います。日本列島が北東から南西に延びていて、北アルプスが南北に連なっています。つまり南下してきたタカを北アルプスがじょうごの役割をして白樺峠付近に集めているのです。良い上昇気流があれば、タカは北アルプスを越えてしまいますが、あまり上昇気流が無いときは楽に行ける谷間を目指して来ます。その先に白樺峠があるのです。

信州タカ渡り研でタカの渡り調査を始めたのは21年前ですが、そのきっかけは1983年にタカの渡りを探そうと登った有明山(ありあけやま 安曇野市)でした。初めて登った有明山でタカが渡っているのを初めて見たのです。それから本格的にタカ渡りの場所探しが始まったのですが、なかなか良い場所は見つかりませんでした。それと云うのもタカの渡りといえば、当事は愛知県の伊良湖岬(いらこみさき)が有名で、ピークは10月初旬でした。当然のように10月初旬に一生懸命探していたのですが、10月初旬は白樺峠では数が減る時期だったのです。初めて渡りらしい渡りが見られたのは、それから5年後の10月1日でした。午前中で300羽の渡りを見たのです。このときは嬉しかった。「やったやった、ついに見た!」何度もガッツポーズが出ました。最初に有明山でタカの渡りを見ていなければ、とても探し続けられなかったと思います。その後、渡りのコースを南にたどって行き安房峠(あぼうとうげ 長野県と岐阜県の境)で50羽の群れを見たりしましたが、良い場所は中々見つかりませんでした。そして今度の休日に野麦峠に行こうと思っていたら、アルプス公園の吉川さんから電話があり、野麦峠ですごい渡りを見たとのこと。そしてタカが白樺峠辺りを通るのでは?と言われて行ったら1日で500羽位の渡りが見られたのです。
その後タカ渡り研が出来て調査を始めたのですが、最初から凄い発見がありました。まず伊良湖岬ではハチクマは幼鳥がほとんどなのに対して、白樺峠は成鳥も幼鳥も普通に見られました。次にピークは伊良湖岬が10月初旬なのに対して、白樺峠は9月中下旬でした。このピークの違いの発見は、その後のタカ渡り調査をする人達にとって大いに参考になったと思います。

◆どうしてもやりたいことがある!◆
私はワシタカ類が渡っていくのを見て感動しました。”見たい人がいるはずだ!“と思い、タカ渡り研の会議で白樺峠に一般の人が見られる観察場所を作ることを提案しました。一部反対意見も有りましたが作ることになり、村(当事は奈川村)との交渉には当会代表の植松さんが主に当たりました。最初は工事に木を使っていたのですが3年もすると木は腐ってくるので、数年前から草を利用しています。そのお陰で補修の作業が大分楽になりました。
広場作りは2000年から始めましたが、まだまだ未完成です。最初は人の為にと思っていましたが、結果的には自分の為でした。タカ見の広場を作ったことで自分の心の中に余裕が出てきました。たとえ小さな事でも「これをやったんだ!」と思えることが一つでもあるのはうれしいものです。
仲間から「タカ見の広場がかわいいでしょう?」と言われました。本当に広場自体かわいくて仕方ありません。観察中にタカの数が少ないと“なぜだろう?”と心配になるし、来て頂いたお客さんにも申し訳なく思います。今は野鳥の会などのグループがツアーを組んで全国から来てくれます。お客さんが来てくれるのが本当にうれしいです。
タカになるべく近くを通ってもらえるように観察場所の前には、人間隠しのつもりで草の丈を高くしているのですが、邪魔だと観察に来たお客さんに言われることもあります。こっちは人間隠しのつもりでも、タカからは丸見えかもしれないですね。考え直そうかな~。(笑)

池田町北アルプス展望美術館にて


◆人生が変わった!?◆
タカ見の広場を作ったことで仕事も変わりました。
以前は、午前中にタカの観察をして、午後からは店で働いていました。
タカ見の広場でタカを観察するようになってから、タカの調査を依頼されることが多くなり、「木にも登れます」と言ったら、そういうことも依頼されるようになりました。それで木登り師になったのです。調査の仕事は15年になりました。
タカ見の広場では、来ていただいたお客さんに説明するものですから上手い下手は別にして、人前で話をするのも平気になりました。それまでは内弁慶で、そんな事はとても出来ない人間でした。
タカ渡り研に入ったことでタカ見の広場を作り、それが縁で好きな猛禽類や鳥の調査の仕事をしてストレスなく生きている。タカ渡り研が無かったら、探鳥会に参加するだけの変わったおじさん程度だったかもしれませんね。
白樺峠のタカの渡りは、北アルプスがある限り50年後も100年後も続くことでしょう。私が、タカ見の広場の整備を出来なくなった後でも、存続できるような仕組みをこれから考えていかなければいけませんね。

<記者の感想>
松本の名所「白樺峠 タカ見の広場」が、中村さんの強い思いからできたとは。タカの渡りを知るきっかけをくれたその行動にひたすら頭が下がるばかりです。
今度タカ見の広場に行ったら、タカを見るだけではなく中村さんの工夫した草階段もしっかり見たいと思いました。そして忘れずに中村さんに声をかけて、またあの幸せいっぱいといった感じのうれしそうな顔でタカの話をしてもらいたいと思いました。  【市民記者:小林】

信州ワシタカ類渡り調査研究グループのHP →こちら
当サイト内タカの渡りの記事 ↓
  2011/09/15~10月中旬まで白樺峠「タカの渡り」
  タカの渡り 2008年9月18日掲載
  タカの渡り 2007年9月20日掲載

【松本大好き!M100】#007…スタイリスト:伊藤まさこさん

2011年12月24日 投稿者: kobayashi[ コメントはこちらから: »

伊藤まさこさんは、5年ほど前から松本に住んでいます。生活全般のスタイリストとエッセイなども書かれています。同世代の女性にとても人気があり、松本市の女性の中には、“街中でまさこさんに会えるのでは”・・・と期待しながら過ごしている方もいるほどです。

◆著書で紹介されている「美味しいお店」などは、どうやって知ることになったのですか?◆
私自身がとても食いしん坊なので、それを知る友人や知人、またお店の方からお薦めを聞くことが多いですね。
取材にうかがうと「ここもお薦めですよ」など皆さんとても親切に教えて下さいます。
そんなところから「おいしい」の輪が広がっていくことがとてもいいな、と思っているんですよ。

◆松本の食べ物に関してどう思われますか?◆
土地からの恵みにあふれている、というのが第一印象。
旬を味わうということも、こちらに住んでからひしひしと感じるようになりました。
それからみなさんご自分で野菜を作っている方が多いですね。
「たくさん採れたから」と、食べきれないくらいの旬のお野菜を頂くことがあります。
昨日も大根をもらって、今日も大根をもらうというように。
一度には使いきれないので、様々な料理法を考えたり保存食を作るようになりました。
いただいた果物でジャムを一年分仕込んだり。
かりんや杏など、今まではあまり身近ではなかった果物に出会ったのも、信州に住むようになってからのことです。
かりんの砂糖漬けや杏のシロップ煮など、とても新鮮に感じました。
食はとても豊かですよね。東京では一握りのクレソンが数百円もするのに、こちらではクレソンはきれいな小川に自生している。
自分で摘んだクレソンを東京に住む友人に送ることもありますよ。
「なによりの贈り物!」と感激されることもしばしばです。
印象としては県外から移り住んで来た方のほうが信州の食材をおもしろがったり意外なアイディアで食卓に取り入れているような気がします。

旅先でおいしい料理をいただいて“家でも試してみようかな?”と思うこともあります。
先日、フランスを旅した時、バスク地方の田舎料理を食べました。
りんごを甘く煮てフードプロセッサーでスープ状にしたものにホワイトチョコレートのムースがポコッと乗っかり、薄くすらスライスしたパウンドケーキが添えられていて、とても美味しいデザートに出会って感動したんです。
家に帰ったらぜひ信州のりんごを使って作ってみよう、そう思いました。

◆ まさこさんから教えていただいた料理◆
〔リンゴ〕
リンゴ酢
酢にリンゴを入れて漬け込むだけです。リンゴは皮も芯もつけたまま。氷砂糖を加えて甘くしたものはペリエなどで割って飲むとおいしいですよ。
生でリンゴを食べるよりも調理して食べることが多いです。ジャムをつくるときにキャラメルクリームを入れるのもいいですよ。

〔松本一本ねぎ〕
ねぎと鴨肉の鍋
ねぎを5cmくらいに切り、フライパンで焼き色をつけます。しょうゆと酒、塩で味を整えただし汁にねぎと一口大に切った鴨肉を入れて煮ます。食べる直前に生のねぎを薄く斜め切りしたものを沢山入れていただくととてもおいしいですよ。鹿教湯(かけゆ)温泉のある旅館に行っていただいた食事からヒントを得たレシピです。
松本一本ねぎは、オーブンや鉄のフライパンで焼き色をつけてマリネにしてもおいしいですね。

〔長いも〕
長いもの焼き海苔和え
長いもは皮を剥き、一口大に切った後片栗粉をまぶして素揚げにします。焼き海苔と醤油を加えて和えます。
オーブンで長いもを焼いてオリーブオイルをかけて食べるのもとても美味しいです。長いもの皮は剥かなくてもいいですよ。

〔クレソン〕
クレソンのしゃぶしゃぶ
みりん、しょうゆで味を整えただし汁にクレソンをシャブシャブと通していただきます。
クレソンのおひたしも、都会ではなかなかできないぜいたくな一品です。

◆今、興味のあることは何ですか?◆
私の原点の仕事、料理家のスタイリングをしたいですね。
具体的に言うと、料理家がつくる料理以外のことのセッティングです。
器を揃える、コーディネートする、というだけではなくて、その場の空気を演出する、そんな料理まわりの世界観を広げられたらいいなと思います。
仕事に関しては、“慣れないように”しています。
仕事のしやすさから言えば、慣れているほうが楽だと思います。
でも、慣れないことのほうが面白いと思います。
今、料理家さんたちとある企画を考え中です。あれこれ考えてワクワク楽しんでいます。
今までやってみたことのないスタイルに挑戦するのも楽しいです。

◆どんな感じで仕事をされているのですか?◆
今は「LEE」や「芸術新潮」など5誌の連載を抱えています。
撮影の時も、原稿を書くときも、他に用事がなにもない状態にしてから望みます。
気が散りますから・・・
家事や他の仕事はいっさい片付けておき、今目の前にある仕事だけに集中できるようにします。
原稿を書くときはお茶なども入れ替えないでいいようにポットにお茶をたっぷり入れておくんですよ。
ストイックに聞こえてしまうかもしれないけれど、この方が効率がよいし仕事とそうでないときの頭の切り替えも素早くできるので・・・

◆ 松本で好きな季節はいつですか?◆
冬です。山の景色が好きです。空気の質が違うと思います。それに、お蕎麦も美味しいし!

インタビュー終了後、帰り際にリースの写真を見せてくれました。「森で拾って作ったんですよ」と。松ぼっくりなどがついているかわいいリースでした。お友達にプレゼントして周ったんだとか。
こんなところが“かわいい~ すてき~ 私もやってみたい”となるのでしょう。まさこさんは、身近なことを素敵にする魔法使いみたいな方ですね。

<記者の感想>
まさこさんは、「私の職業は、“不要不急”の職業です」と言っていました。どうしても必要ということもなく、なくても生きていかれるということです。話をしていて、まさこさんのしていることは、“うるおい”の仕事だと思いました。世の中の動きは“削る”方向に進んでいます。そんな時だからこそ潤いが求められるのでしょうね。まさこさんは、今必要とされている人なんだな~と感じました。 【市民記者:小林】

手持ちしたまさこさんの著書を開きながら、ざっくばらんにお話頂いたまさこさんに今まで以上に好感をもちました。
お化粧に関する著書はありませんよね?という話をしたところ「そちらの方にはあまり興味がないから」とお答えになりつつもとてもおきれいなところが素敵だなぁと思いました。
松本の町でひょっこりまさこさんにお目にかかることもありそうなくらい、私達が普段いる場所にまさこさんもいらっしゃりそうで、とても嬉しい思いでインタビューを終わりました。 【市民記者:にしむら】

インタビューのときに持参した本
1.「毎日ときどきおべんとう」 PHP研究所 2006年4月18日第3版
2.「信州ハンドクラフト手帖」 信濃毎日新聞社 2010年5月29日初版 2011年6月10日第3版
3.「信州てくてくおいしいもの探訪」 文芸春秋刊 2010年9月15日初版
4.「松本十二か月」 文化出版局 2011年4月24日第1版

【松本大好き!M100】#006…写真家:吉村和敏さん

2011年12月21日 投稿者: kobayashi[ コメントはこちらから: »

吉村和敏さんは松本市で生まれました。現在では東京を拠点に海外や日本を旅して写真を撮っています。
2000年に赤毛のアンの舞台の島を撮影した『プリンス・エドワード島』で脚光を浴びました。ご存知の方も多いと思います。

2011年12月17日お忙しい中、ホクト文化ホールギャラリーで行われていた写真集「Shinshu」出版記念吉村和敏写真展の会場でお話を伺いました。

◆松本はどのように見えますか?◆
20代の頃は海外の美しい風景を主に撮っていたため松本にはときめきを感じませんでした。国道沿いにはどの地域にもある店が立ち並び統一感がないと感じていました。
歳を重ねて日本を“見つめたい”という気持ちになり、日本全国を周って撮ったのが「Sense of Japan」(2009年出版)です。いろんなものがごちゃ混ぜになっているのが日本や信州の個性だと気付きました。
松本に限定ということもなく、信州は被写体の宝庫です。旅をしていてもどれも素晴らしい風景で20代の頃とは違う見方で見えています。天候を選ばなくても、どんな時でも素直な感動があります。ユニークで生活感のある写真がここ(ホクト文化ホールギャラリーでの写真展)に展示されています。地元の人だとなかなか気付かないことかも知れませんね。海外には、大根が干してあったり、バス停の近くにお地蔵さんが立っていることはないですね。日本ならではの光景ですね。

◆写真集「Shinshu」を初めて見た時、牛伏寺(松本市内田)で撮られたお賽銭の写真に笑ってしまいました◆
牛伏寺付近では良く写真を撮りました。昔、雑誌のフォトコンテストで「氷点下の川岸で」というタイトルの写真で金賞を受賞しました。その時はいわゆる美しい風景の写真でした。今は自分の個性を表現したいと思っています。

◆トークショーで“被写体に職人魂を感じる”と何度も言っていましたね◆
じっと見ていると何か感じられるものがあります。写真集「Shinshu」に載せている松本の二の丸の交差点も感動があるから撮ったんです。電線が絡まらずにいくつもあるのはすごいですよね。

◆松本のお土産は?◆
う~ん、新鮮な野菜ですね。直売所のような所で買って行くと都会の人には喜ばれます。

◆吉村和敏さんの情報◆
2011年12月25日(日)まで長野市のホクト文化ホールギャラリーで写真集「Shinshu」出版記念吉村和敏写真展開催中 詳しくは → こちら
吉村和敏さんのホームページ → こちら

<写真展での出来事から>
写真を見ていると見ず知らずの年配の男性に声を掛けられました。
「この良さがわかる?」・・・突然の質問に困惑していると、「この構造はね ~~~」と男性が建築物の構造について説明をしてくれました。また他の写真の前では、桜の木の名前の由来を語ってくれました。
吉村さんは、トークショーで「被写体が見てくださいとアピールしている」と言っていました。またその写真は人に何か話したくなるきっかけを与えていました。もしかしたら被写体のモノが、「私の話をして~」と念じていたのでしょうか。
今まで吉村さんの写真の印象は、“声も出せなくなるほど美しい写真”でした。「Shinshu」は、“話をしたくなる写真”だと思いました。

  【市民記者:小林】