松本に暮らした川島芳子に触れる「松本市歴史の里」

2009年4月26日 投稿者: misawa [ コメントは、以下の入力欄からどうぞ

銃殺になったとされる川島芳子が
その後も生きて天寿を全うしたと言う話題が
最近マスコミで何度か取り上げられています。

周知のように川島芳子は短期間ではありますが松本市に暮らしていました。

その縁もあり、松本市ではこの秋、芸術文化祭50周年を記念して
松本市民が行う舞台劇
「愛と哀しみの王女 川島芳子」が上演されます。

そこで今回は、川島芳子に関する色々な資料を展示している
「松本市歴史の里」を訪ねました。

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歴史の里は江戸後期から大正末時代の建物が移築保存され
鮮やかに往時を残した空間になっています。

正面には明治時代の裁判所の建物があり
重厚な造りの中に細かなレリーフが施された美しい姿で迎え入れてくれます。

目指す建物は
歴史の里の一番奥にあります。
さらにその建物の一番奥に川島芳子の資料展示室はありました。

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1921年の9月、
芳子14歳のときに松本市浅間温泉に転居し、
松本高等女学校(現蟻ケ崎高校)2年に編入します。
養父である川島浪速が松本出身だった縁です。
松本のお屋敷は北京の貴人屋敷を想像させる造りだったそうです。

芳子は浅間温泉の家から
馬に乗って学校に通っていたそうです。
当時を知っている方が
「色白のとても品のある方だった」と話してくださいました。

翌1922年2月、芳子の実父粛親王が亡くなり渡満。
その葬儀中に実母も失って
半年後、傷心の芳子は松本に帰って来たのですが
松本高等女学校は復学を拒否します。

規則違反の洋装、馬での通学が反感を買ったとか
国籍を持っていなかったからなど
様々な理由が言われています。

展示室には芳子や関連する写真、
芳子15歳の頃に書いた絵や文章などを見ることができます。

18歳で髪を切り
「男装の麗人」と言われた芳子になる以前。
瑞々しい若さの中で
ひとりの少女として生きていた芳子を垣間見ることができます。

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芳子もまた、松本で暮らしたこの時代が
後々まで最も懐かしさを抱く年月になったようです。

個人的に気に入っている展示品。
芳子の弟の書いた絵です。
人のシルエットを絵に描くのは
珍しいように思います。

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展示室にはリビングのようにしつらえたスペースがあり
ここで芳子に関する本を読んだり
芳子の書いた詩を読んだりすることができます。

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リビングスペースには
芳子の通った蟻ケ崎高校の場所や
芳子のお墓がある場所の地図もあり
足跡を辿りたい方はここでチェックしてから出発するのもお勧めです。

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これ以外にも
芳子の養父浪速の古希のお祝いをした浅間温泉 小柳
http://www.koyanagi.biz/

芳子も通ったと言われるおきな堂
http://www.mcci.or.jp/www/nakamati/shop/west/okinado_3/okinado.htm

などもあります。

関連図書は売店にて購入ができます。

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逞しい印象のある川島芳子ですが
彼女の書いた詩を本に集めたものがあります。
「真実の川島芳子」と題された本で
彼女の心の叫びを読むことができます。

また、展示品の中に「時世の詩」と題された詩があり
これは歴史の里館長のお勧めの詩。

************************
家あれども帰り得ず
涙あれども語り得ず
法あれども正しきを得ず
冤あれども誰にか訴えん

************************

彼女にとって「家」とはどこだったのでしょうか。

中国と日本と
国籍のない彼女に心の家はあったのでしょうか。

考えさせられる詩でした。

[市民記者 三沢]

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“松本に暮らした川島芳子に触れる「松本市歴史の里」” へのコメント/トラックバック 7 個

  1. 静保庵小柳 専務 さんより:

    三沢様

    当館にリンクを貼って下さり御礼申し上げます!

    当館ブログコーナーでも『川島芳子』との所縁を少しずつ公開しようと思っておりましたが、当記事も大変参考にさせて頂けそうです^-^

    有難うございます。
    私も「松本市歴史の里」早速行ってみます~♪(まだ行ってないのか←と自らツッコミ)

  2. misawa さんより:

    静保庵小柳 専務様
     コメントありがとうございます。
     
     私も地元にいながらそういう歴史を知らずにいましたので
     改めて感心し、ここに紹介させていただきました。
     
     貴館のブログコーナーも楽しみにしています。
     歴史の里、行ってみてくださいね(^^
     
     

  3. 花村徳好 さんより:

    松本歴史の里の場所はどこにありますか?

  4. kinoshita さんより:

    花村徳好様

    「松本市歴史の里」は、長野道松本インターチェンジの近くにあります。
    下記アドレスの「松本まるごと博物館」のサイトにアクセスして、
    http://www.matsu-haku.com/maruhaku/index.html
    「まる博各館案内」「まる博マップ」を参照されると解り易いと思います。

  5. 花村徳好 さんより:

    コメントありがとうございました、私は松本市の出身です、現在千葉県の松戸市に住んでおります、年齢は現在75歳です、昭和28年に松本工業高校を卒業しております、2月17日に美ヶ原温泉ニュウ寿ホテルで同級会があり出席し、其の帰りに松本の歴史の里に寄りたいと思っております,私は現在市の生涯大学で「川島芳子の生涯」について研究しております。

  6. 花村徳好 さんより:

    2月18日予定どうり「松本歴史の里」訪問いたしました。朝方は小雪がちらつき天候が心配しましたが昼頃から天気は回復して暖かい陽気になりました。
    それでも気温は零度で北風が頬を打ちつけ寒いことこの上ない厳しさでした、昨夜は美しケ原温泉で心身ともに温まりましたが、この寒さには身に答えました。
    それでも今回の目的「川島芳子記念館」に入ることが出来て嬉しく思います、川島芳子の義父浪速宛の自筆の誕生祝の手紙は貴重なものですね。義父の書と川島芳子の「日本人になる前にアジア人になれ‥」の書は立派ですね、感心しました。又「家あれども帰りえず、涙あれども語りえず法あれども正しさを得ず‥」彼女の心境が手に取るように分かります。
    旧長野地方裁判所松本市庁舎,山あいの宿屋「工女宿宝来屋」旧昭和興業製糸場」「木下尚江生家」など興味深く見学してきました、有難うございました。
    序に蟻ケ崎にある正麟寺にある川島浪速、芳子の墓所を見学し墓参してきました。
    総てを見学して夜には無事千葉に戻りました。

  7. misawa さんより:

    花村様
     記事を読んでいただき、また歴史の里へのご訪問ありがとうございました。
     松本はずいぶんと変化しているようですが緩やかな変化です。
     川島芳子の人生は数奇であり過酷であったと思います。
     生きていた事実そのものが人を感動させるというのはすごいことと思います。
     松本を楽しんでいただけて嬉しく思います。
     コメントに感謝致します。

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