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第1回 松本案内人♪養成講座 ~ 博物館バックヤード探訪

2009年7月1日 投稿者: isshi[ コメントはこちらから: »

■7月1日(水)、松本市立博物館にて、M100 まつもと百てんプロジェクト M100募集説明会を開催。
★M100募集説明会のレポートは⇒こちら

説明会と共に、第1回 松本案内人♪養成講座 ~ 博物館バックヤード探訪も、おこなわれました。

博物館の所蔵品は11万点という、膨大な数です。
ほとんどが、市民のみなさんからの寄贈品だそうです。
★松本市立博物館のHPは⇒こちら

別館収蔵庫入口小里頼永肖像
学芸員の一ノ瀬 幸治さんのガイドで、まずは別館収蔵庫よりスタート。
農耕器具や、陶器などと共に、松本市の初代市長 小里頼永(おり よりなが)の愛用品もこちらに。

小里頼永のシルクハット小里の名前が
今でもピカピカのシルクハットは、英国製。
中にちゃんと小里の名前が。

つづいては、博物館の地下へ。
こちらには日常のくらしの中の品々が、たくさんあります。
しんきんのポスターお店の名入りマッチ
しんきんのポスターやお店の名入りマッチ。
これもすべてお宝

火縄銃ライオン歯磨
火縄銃はずっしりとした重量感。
こんな木箱もありました。
所蔵品に触れるときは、白手袋を着用しました。

薬箪笥寄贈の品です。
博物館2Fに進むと、こんな薬箪笥(やくだんす)も。
街の薬屋さんで、実際に使われていたものです。

松本の七夕松本市立博物館では、7月4日(土)~8月31日(月)、松本の七夕を開催。
全国各地から、七夕にまつわる品々が集められ、展示されます。ぜひ、お出かけください。
松本の七夕のイベント情報は⇒こちら

<本日の感想>
博物館というと、重く堅苦しいイメージでしたが、実際の所蔵品の多くは、庶民の暮らしを後世に伝えるもの
楽しみながら、松本の歴史を肌で感じることができました。
【市民記者=一志 さえ美】

M100募集説明会

2009年7月1日 投稿者: mochizuki[ コメントはこちらから: »

7月1日の14時からと19時からの2回にわたり、松本市博物館でM100募集説明会が開催されました。
M100ってなに!?という方は、こちらをご参照ください。

昼の部、夜の部と開かれた説明会には、計60名ほどの方が参加してくださいました。
説明会は新まつもと物語会長・林勇次によるプレゼンテーション、質疑応答のスケジュールで実施おこなわれました。
プレゼンテーションでは、M100をおこなう意義、また具体的にどのように松本の中心市街地を活性化していくのかといった方法についての説明がなされました。
約30分ほどのプレゼンテーションの後に参加者から様々な質疑応答がなされました。
M100に対する疑問や要望はもちろん,「私が考える松本とは」といったことを多くの方に語っていただきました。
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まつもと”百てん”プロジェクトの最大の目標は「みんなで松本を元気にしたい!」ということです。
M100始動となる説明会では、多くの方に参加していただきM100について一緒に考える機会が生まれたこと。
また参加者の方からの考えを聞くことができ、M100の第一歩として充実した時間を過ごすことが出来ました。

<M100お店とボランティアスタッフの募集>
M100の参加申し込みは7月15日までとなっています。
応募方法はメールかFAXで受け付けています。
詳しくはこちらをご覧ください。
個店のほか、M100ボランティアスタッフも同時に募集しています。
松本を盛り上げたい!
松本のことをもっと知りたい!
と思っている方、ぜひボランティアスタッフとしてまつもと百てんプロジェクトに参加してみませんか?
お申し込みは以下の通りです。
Email:M100@joematsumoto.net
TEL:080-4172-0100
FAX:0263-34-3049

M100説明会の後には第1回松本案内人♪養成講座として、博物館バックヤード探訪がおこなわれました。
レポートはこちらになります。

【市民記者 望月直樹】

「M100ってなあに?」にお答えします

2009年6月23日 投稿者: kznojiri[ コメントはこちらから: »

m100 1ページM100とは、「松本の明日を作る まつもと”百てん“プロジェクト」です。
まつもとの「げんき」を創る!みんなで「やるき」を育てる!!
をキャッチフレーズに、新まつもと物語プロジェクトが、今年推し進めてまいります。

以下、PDFにて詳細をご説明いたしますので、ご参照ください。

(※本記事右側に表示されている5つの画像は、それぞれ説明のPDFにリンクされています。PDFの容量はおよそ400KB~500KBほどあります。PDFの表示には、Adobe Reader ほか、PDF表示に対応したプログラムが導入されている必要があります。
 ※本記事に戻るときには、ブラウザの[戻る]ボタンをご使用ください。)

1.もっと歩きたいまち、また来たい松本を創る
m100 2ページ
魅力ある素材(資源)の発掘収集と創造→それらを編集し発信します
1)テーマに合わせた回遊散策コースの設定
2)発掘収集された「懐かしくて当たらし松本」を視覚伝達する発信作業

(※右、PDFには、赤く枠で囲まれたリンクが設定されています。5月9日に行われた・ワークショップの様子(その1その2)と、ワークショップのまとめの文書です。)

2.公募形式によるお店百店の募集
m100 3ページ
魅力あるお店(商店、飲食店、雑貨店など)百店の募集
1)公募個店は、街のコンシェルジュ(案内人)となって市民や旅行者を迎えます
2)公募基準はまず参加!
3)協力参加店をユニークなテーマごとに、自在に組み合わせてみる



3.公共施設や魅力あるお店と結ぶ楽しいコース
m100 4ページ
街を回遊して楽しんでもらえる仕組みを作りましょう
効果1)観光客を町中に回遊させ経済効果を
効果2)個店がコンシェルジュとなり観光都市として向上
効果3)個店が市民とつながり、個店同士つながり、日常活動の相乗効果
効果4)市民ひとり一人の意識向上でさらに発展


m100 5ページ
松本市民であっても知らない場所や、行ったことのないお店は意外に多いものです。旅行者や県内他地域の人はもっと知らないことが多いはずです。松本ならではの「へぇー」や「なるほど」をみんなで考え、巡って魅力作りを進めましょう。きっと喜んでもらえるはずです。


お店の募集や、市民ボランティアの募集について、お知らせをご参照ください。説明会を7月1日に開催いたします。

【市民記者 野尻】

【松本大好き!M100】#005松本山雅ユースアカデミーコーチ矢畑智裕さん

2009年6月14日 投稿者: yasaka[ コメントはこちらから:1 通 »

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松本山雅の08年度キャプテンにして、09年2月1日正式に松本山雅ユース
アカデミーコーチとなった矢畑智裕(やはたとしひろ)さんに、サッカ
ーのことや松本のことなどを伺いました。

矢畑さんは茨城県鹿嶋市出身の29歳。鹿島アントラーズ・ベガルタ仙台
・水戸ホーリホック等を経て,05年7月に当時北信越リーグ2部の松本山雅
に入団し、引退した08年まで3年半松本山雅でプレーを続けられました。


◆松本山雅に入ったのは◆
05年は茨城県社会人リーグに所属していたところ、松本山雅から誘われ
1度は断わりましたが、Jリーグ入りを目指す松本山雅でもう1度チャレ
ンジしようとやってきました。
◆そのときの松本の印象は◆
中学の時に『白線流し』を見ていたので松本は知っていましが、来たこと
は無く、このときが初めてでした。松本城とか行ったりしましたが住みや
すそうな印象でした。
◆思い出に残る試合は◆
去年の天皇杯3回戦の湘南ベルマーレ戦や去年の全国社会人サッカー
選手権3回戦のジャパンサッカーカレッジ戦での2得点などが印象
深いですが、どの試合も結構覚えていますよ。
◆松本のお勧めの場所は◆
出不精で、上高地などのいわゆる観光名所といわれるところは行っていま
せんが、美味しいものの食べ歩きが好きです。美好食堂・俺らラーメン
ちょもらんま・平田に移転したジェラートの店ジェラテリア チャオなど
が好きです。

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◆松本に残ったのはなぜ◆
他の場所で選手としてやっていくことも考えましたが、けじめをつけて
引退しました。そして松本山雅に恩返しをしたいと自分からコーチとし
てやらせてほしいと頼み、現在コーチとしてやっています。
◆子供達からは何と呼ばれていますか◆
「矢畑コーチ」「ヤハさん」です。
◆コーチの仕事は慣れましたか◆
最初はギャップがありましたが、コミュニケーションがとれてきました。
教える事にも慣れてきました。子ども達には広い視野をもってほしいと
思います。
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取材日のこの日は(21年6月13日)、同じく元山雅戦士の宮田コーチ
と4年生を教えていました。次の日がテレビ松本杯の試合ということ
でした。生き生きした矢畑コーチを見ることができて、とてもうれし
かったです。

矢畑コーチが担当しているスクールの情報は下記でご覧になれます。
→松本山雅FCユースアカデミー 2.スクール生

【市民記者 八坂】

【松本大好き!M100】#004…イラストレーター:中武ひでみつさん

2009年6月9日 投稿者: kobayashi[ コメントはこちらから:1 通 »

長野県内に住んでいる方はフリーペーパー「日和」(ひより)の表紙を飾った中武ひでみつさんのイラストを一度は見たことがあるのではないでしょうか?
ほのぼの・かわいいイラストです。

中武さんは大阪出身で、8年前に松本に住み始めました。
2年前から本格的に絵を描き始めたそうです。

◆松本に住むことになったきっかけは?◆

29歳までは大阪に住んでいたのですが、いろんな所を旅していて松本周辺の眺めが「ふるさと」のイメージに合い、気に入って住むことに決めました。
松本城を見ると自分の住んでいる町に城があるなんて最高だと思います。しかもアルプスも眺められます。
松本は住めば住むほど好きになります。仲間や友達が増えて地元意識が強くなりますね。大阪には年に何回か帰りますが、松本はほっとできる所がいっぱいあって、戻ってくると帰ってきた~と思います。住むのに良い所です。

◆絵を描き始めたのは2年前なんですか?松本に住んでからなんですね?◆

松本に住んでいなかったら、もしかしたら絵描きにはなっていなかったかもしれませんね。松本周辺には夢を持っている人が多いですね。それでみんなに声をかけてみると協力してくれる人が現れるんです。知人を紹介してもらったり、めぐり合わせが楽しいですね。「口に出してみるもんだ」と思います。

◆話は思わぬ方向へ・・・◆

口に出したことが現実になって今はバンド活動もしています。バンド名は「安曇野 Jug Band(ジャグ バンド)」です。今年の3月に結成したばかりで、まだオリジナル4曲と「風になりたい」1曲の全部で5曲しか演奏できませんけど。
活動期限はもう既に決まっていて、今年(2009年)いっぱいで解散です(笑)
伝説のバンドになろうと思い、短期間集中で燃え上がっています。
メンバーの1割は音楽経験者で、他は楽譜も読めませんが楽しくやっています。
メンバーは把握し切れていませんが、20人くらいだと思います。ライブの前日に会った人でも、当日はメンバーとしてステージに立っていたりします。これからも増える可能性があります。
お客さんも一緒に歌って踊れるライブで、5月のライブでは、屋外の予定が雨のために屋内に変更になり、お客さんと一体感が持てました。それでお客さんが1曲目から泣いていて、気がついたらメンバーも二人泣いていました。リーダーなので話さないといけないのですが、その時は頭の中が真っ白になってました(笑)
ウォッシュボード
中武さんの担当:自作ウォッシュボード(アメリカ製の洗濯板にいろいろ取り付け。なんと、柄杓もついている!)

◆楽しく生きてますね◆

楽しまなきゃ損ですからね。「半農半芸」の生活をしています。自分で食べるものを作り、お金を芸術で稼ぐ生活です。今はりんご農家の手伝いをしています。その農家はWWOOF(ウーフ:お金のやり取りはしないで、食事・宿泊場所と労力を交換するしくみ)の受け入れ先になっていて、外国の方も大勢来ます。僕はキャプテンなので彼らに仕事を教えるのですが、日本語が通じないので今一生懸命英語を勉強しています。(部屋には英語がたくさん貼られていました。) 
バンド活動は全くお金になっていませんが、絵は仕事なので悩みます。人がどう見るのか気になって・・・。絵本作家の荒井良二さんの絵が大好きです。自由で本当に大好きです。
考えないで描けるようになりたいですね。今は模索中です。
中武さんのアトリエ
今描いている最中の絵もどんどん変わっていくらしいです

◆中武ひでみつさん情報◆
中武さんのホームページ → こちら

 6月12日~14日 松本市蔵シック館で中武さんのほかに3人の作家の方と一緒に原画の展示などがあります。
当サイト内イベント情報「六月のポストカード展」もご覧下さい。

「どあい冒険くらぶ」 野外活動・環境教育の団体。
6月21日、中武さんは副隊長として活躍。
どあい冒険くらぶ ブログ → こちら

  【市民記者: 小林 上川 】

〔追記 2009/06/15〕
武村洋治さんからのコメントを受けて、中武さんの作品を紹介いたします。
当サイト内→ 「蔵作り喫茶店の小さな展覧会
        7点の作品を紹介
まつもと市民芸術館 イベント→ 「まつもとキッズワールド2008
        子供たちが遊んでいるポスターです